『 この仕事に就こうと思ったきっかけは何ですか? 』
『 新郎新婦のお二人にとって、人生で最高に幸せで大切な思い出を、私も一緒に造ることができたらと思ったからです 』いろいろと他にも質問は受けたのに。
この質問と回答だけが、記事の中で大きく太い文字で目立つようにしてあった。――― なんとも無難な回答。
決して嘘はついていない。そう思っているのも本当だけれど、それは自分の中の優等生的な回答だ。
実は他にも動機はある。だけどそれは堂々とは言えない、本当はもっと不純な動機だから。「朝日奈ー、ちょっと」
お昼休憩が終わり、午後の業務が始まってすぐ、袴田部長が私をデスクへと呼び寄せる。
「これ、見たよ。なかなかいい記事じゃないか。というか、デキる女って感じだな!」
私がデスクまで行くと、わざわざ自分の顔の前に雑誌の当該ページを開いて袴田部長が私に見せつけてくる。
……まったく。そのニヤけた顔を見るとふざけているとしか思えない。 袴田部長は楽しいことが大好きな性格だから、こうして冗談を言われることもしばしばだ。「お客様からも雑誌見ましたよって担当者とそういう話になるらしいよ。いや~、やっぱり朝日奈にしといて良かった」
「え?!」 「…は?」……ちょっと待って。今なんて言った?
「私にしといて良かったって、どういうことですか? 先方から取材対象は私でと、名指しで指名が来たんじゃなかったんですか?!」
「いや、だから、それはその……」 「部長! まさか部長の差し金で私になったんですか?」なにもかも部長の策略だった。確信犯だ。目の前のあわてた様子がその証拠。
そう考えた途端、私の眉間にはシワが寄り、眉がつりあがる。「悪かったよ。でも、評判いいよ? この記事」
苦笑いで首の後ろに手をやる部長を前に、あきれてなにも言えなくなってしまった。
もう過ぎてしまったことなのだから、今更怒っても仕方ないのだけれど。 騙されたことへの憤りからか、盛大な溜め息が自然とこぼれ落ちた。「用件がそれだけでしたら、仕事に戻らせてください」
口を尖らせ、部長にからかわれている暇などない、と言いたげに踵を返す。
「あ! 待てって! ちゃんと仕事の話もあるから」
あわてて呼び止める声に、再び小さく溜め息を漏らしつつ気を取り直して振り向いた。
「この前の、朝日奈に相談された企画の件だけどな」
少し前、私は企画のことで部長に相談していた。
多種多様なお客様のニーズに応えるためには、時には突飛で風変わりなプランも必要だと私は思う。 結婚式を挙げるカップルの中には、他とは違う印象に残る式や披露宴にしたい、というニーズもあったりするし。 要するに、普通では嫌だということだから、他社がやっていないものを提示すると興味を示してくれる可能性が高い。部長はどう思うのか、単純に訊いてみたかった。
この人は普段ふざけているところもあるけど、センスと勘は誰よりも優れていると私は密かに確信しているから…。「真っ青な海の中、木々があふれる森の中、か」
私が以前に渡していた資料を手に取って、部長が真剣にそれを見つめる。
私が思い描いたのは、その2つのパターンの空間造りだった。「だけど……海や森も、他社がもう手がけているよな。披露宴会場でのそういう演出は、すごく真新しい!とは言いづらい。ま、演出しだいだけど」 資料から一瞬顔を上げて私に視線を移し、部長はまた手元の資料に視線を落とした。「演出は例えばですが、お料理や食器なんかも全部一風変わったものにして……。でも、私が一番こだわってみたいのは新郎新婦の衣装です」 私がそう言うと部長は笑って顔を輝かせた。「衣装ね。なるほど。特にお色直し後の新婦のカラードレスが斬新なら、みんな印象に残りやすいな」「はい。動画や写真にもバッチリ残りますし」「海や森をイメージしたドレスかぁ」 少しは私の思い描いたものを面白いと思ってもらえたようで、私も自然と笑みがこぼれる。 やはり結婚式や披露宴の主役は女性である新婦だ。招待客も自然と新婦のドレスに目がいくと思う。 ならばそれを、いっそのこと大胆な演出のものにしてしまったらどうかと私は考えた。「とりあえず新作ドレスの製作だけは先に上の許可を取ろう。企画をまとめるのは、その目処がついてからだ」「はい」 部長の言う『上の許可』というのは稟議書のことだ。 もちろん私や部長の一存で、勝手に会社のお金で高額なドレスを作ることはできないから、それ相応の手続きがいる。 最近は新作ドレスを作ろうとする動きはなかったし、衣装部と相談してドレスの入れ替えのためだと強く言えば、おそらく稟議は通るんじゃないかと思っているけれど。「だけどデザイナーに依頼すると言ってもなぁ。うちがいつも頼んでるデザイナーに、そんな斬新なデザインを描ける人間がいるかどうか」 指をトントントンとデスクの上で鳴らしながら、書類を見て考えこむ部長を前に、私はひとりほくそ笑んだ。「そこで部長、相談なんですが」「ん?……もしかしてなにかアテがあるのか?」「アテはありませんが、依頼してみたいデザイナーはいます」「ほう」 それは最初に新作のドレスのことを考え出したときから、思いついたこと。 斬新かつ美しいドレスのデザインならば、私の中で是非依頼してみたいデザイナーがいるのだ。「最上梨子(もがみ りこ)っていう新進気鋭のデザイナーなんですが」「あぁ、知ってる!」「そうですか!」「この前俺が見に行ったショーにも参加してたよ。曲線美っていうか面白い発想のデザインだよな、彼女は
「ま、当たって砕けろってやつだ。取材はNGでも、デザインのオファーなら受けてくれるかもしれんしな」 「……はぁ」 「でもお前、真面目だからなぁ。あんまり頑張りすぎるなよ?」 最後はふざけた調子で、部長は私の頭をちょこんと小突いた。 仕事する上で、真面目のなにがいけないのか教えていただきたいものだけれど。 しかし、最上梨子……小難しい人だったらどうしよう。 私が意気揚々と張り切ろうとしていたところで、出ばなをくじかれた形だ。 何事もそんなに全てトントン拍子にうまく進むわけがないのだから、部長の言うとおりダメ元で当たってみるしかない。 とにかくアポイントを取ってみなくては話にならない。 悩むのは、実際に断れてからだ。 私は大きく息を吸い込んで深呼吸し、最上梨子デザイン事務所へと電話をかけた。 ―――― これが気苦労の始まりだと、知りもせずに。 最初の電話だけでオファーを断られるかもしれない。 話だって、何も聞いてもらえないかもしれない。 そういう予感もあったのだけれど、驚くほどすんなりとアポイントが取れて、一週間後に最上梨子デザイン事務所へ赴くことになった。「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」 「ありがとうございます」 事務所を訪れると、思っていたよりも小さい規模の建物だった。 私を出迎えてくれたのは、センスのいいジャケットを着た黒髪の男性だ。 年齢は私より少し上くらいだろうか。 考えてみたら最上梨子事務所のスタッフなのだから、服のセンスは良くて当然。 そしてすぐに事務所内のミーティングルームのような小部屋へ通された。 失礼ながらも部屋を見回すと、いたって普通のものしか置いていなかった。 しかも必要最小限だから、ガランとしていてとても無機質な感じがする。「どうぞ、お掛けください」 ぼうっと立ち尽くしていたところに、先ほどの男性がコーヒーを持って再び現れた。「すみません。改めまして、リーベ・ブライダルの朝日奈と申します」 私が自分の名刺を差し出すと、その男性は笑顔で受け取ってくれた。 そして男性も胸ポケットの名刺入れから名刺を取り出して、私に差し向ける。「最上梨子のマネージャーをしております、宮田(みやた)と申します」 名刺には『 宮田昴樹(こうき)』と、名前が記されていた。
「あ……お恥ずかしい限りです」 穴があったら入りたい気分だった。 いきなり会話の冒頭でその話題になるとは思ってもみなくて。 本当に恥ずかしくてたまらない。 どんどんと顔が赤らんでいくのが、自分でも手に取るようにわかるくらい。「どうしてですか。あの記事の方だから、お会いしてみようかと思ったのですよ?」 部長の策略に引っかかったことが、意外にもこんなところで役に立っている。 仕事に繋がったのなら、生き恥をさらした甲斐があったかもしれない。「お願いですので……あれは忘れてください」 「忘れませんよ。そんなのもったいないです」 私が恐縮しているのが可笑しいのか、笑いながら朗らかな空気を作り出してくれる宮田さんは、大人で紳士で素敵だ。「では、本題に入りましょうか」 「はい、実は最上さんにデザインをお願いしたいものがありまして」 私はバッグから書類を取り出してテーブルに置き、宮田さんの目の前に並べた。 そして私が思い描いているドレスのイメージとコンセプト、ゆくゆく企画にしたいと思っている全体プランを、できるだけわかってもらえるように懇切丁寧に説明を繰り返す。 宮田さんはその書類を無言で見つめ、しばらくしてから口を開いた。「朝日奈さんの企画の趣旨はわかりました。だけど、最上はブライダルドレスのデザインの仕事はしたことがありません。本当に最上でよろしいのですか?」 その質問に、私はパッと顔を上げる。そして大きく息を吸い込んで意気込んだ。「デザインをお願いするなら最上さん以外考えられません。どんなドレスをデザインされるのか、考えるだけで舞い上がりそうになります。私は最上梨子というデザイナーに惚れこみました。あの方の才能溢れるセンスなら、どんなものでもデザインできると、勝手ですがそう信じています」 「……」 「できるだけのことはこちらもしますので、是非一緒に仕事をさせていただきたいのですが」 自分の思いのすべてとはいかなかったが、三分の一くらいは言えただろうか。 少なくとも、私の情熱だけは伝わったかな。 ふと目線をあげると、机に頬杖をついた宮田さんとバチっと目が合った。 さっきは頬杖なんてしていなかったのに……。なんだか今までと雰囲気が違う。「できるだけのこと、してくれるんですか?」 「えぇ……私にできることでした
「こちらの要求は、たったひとつ。“ 秘密を守ること ” その一点のみです」 「秘密?」 「むずかしく言いましたが、あなたが誰にも他言しなければいいだけのことなのですよ」 「はぁ……」 「会社にも友人にも家族にも、です。できますか?」 秘密にしたい内容はさっぱり見当もつかないけれど。 とにかく、誰にも言ってほしくないことがあるらしい。「あなたが秘密を守れるというならオファーをお受けしましょう。守れないというなら、この話はなかったことに」 「え?! 守ります! 絶対秘密にします!」 「あなたが約束を破って他言した場合、こちらも一方的に仕事の契約は反故にします」 私を見つめる真剣な漆黒の瞳。油断したら吸い込まれてしまいそうだ。「わかりました。私を信じてください」 どんな秘密か知らないけれど、私が一切他言しなければいいのだ。 ただそれだけでオファーを受けてもらえるのなら、こんなに容易いことはない。 というか、そこまで厳重に守らなければいけない秘密って……。「では、ついて来てください」 言うが早いか宮田さんがおもむろに席を立つ。一体どこへ行くのだろう?「え? どちらに?」 「最上に会わせます」 「本当ですか?!」 最上梨子……本人に会える! どうやら私は第一関門を突破できたみたいだ。 宮田さんは、私を最上さんに会わせてもいいと思ってくれたのだから。 認められたと思うと嬉しすぎて、宮田さんが後ろを向いている隙に小さくガッツポーズをした。 実際に会う彼女はどんな感じの女性なのだろう? 綺麗な人かな? とてもキュートで可愛い人? つかのまの移動の間にあれやこれやと想像が膨らむ。 宮田さんの後をついて行くと、彼は事務所の最奥にある正面の部屋をノックもせずにガチャリと開けた。 広い部屋。それが第一印象だった。 入ったところの正面に、大きなガラスのテーブルと高級そうな黒いソファーがどーんと置いてある。 どちらもセンスがいい。 というか、この部屋の空間全部のセンスがいい。 ――― さすがは最上梨子。 ここは彼女が実際に使っている部屋なのだろうか。 仕事用のデスクも奥にある。入った瞬間、雰囲気的にアトリエのような感じがした。 部屋に入るなり、宮田さんなに
今の会話は……成立していただろうか。 まったく噛み合っていない気がする。 しかもかわいらしく「ごめんなさい」って言われても困る。 にこにこと砕けた笑顔になっていく宮田さんを呆気に取られながらじっと見つめると、ソファーに座るように促された。「ごめんなさいって……騙したって、どういうことですか?」 気がつけば私の顔からは愛想笑いの笑みがすっかり剥がれ落ちていて。 自然と何かを疑うような顔つきになっている自覚はある。 それも仕方ない。初対面なのに騙したなどと言われたら、身構えてそうなってしまうと思う。「すみません、単刀直入に言ってもらえませんか?」 はっきりとした口調でそう言うと、正面に座った宮田さんが私の顔を覗き込んだ。 こうなったら、腹を割って話して欲しい。「僕が、最上梨子です」 数秒間、ふたりの間に沈黙が流れる。 意味がわからないどころか、自分の耳を疑った。「あの……それってどういう……?」 「そのままの意味ですよ。さっきは僕と最上が別人みたいな言い方をしてごめんなさい」 「う、うそですよ!」 えっと……宮田さんは実は最上梨子で、ふたりいると思っていた人物が、実は同一人物だった? いや、いやいやいやいやいや。そんなことはありえない。「だって、最上梨子は女性ですよ?!」 「僕は女性だと公表した覚えはないんだけどな。名前が女性っぽいからみんな勝手にそう思ってるだけで」 「そ、それに宮田さんは、自分はマネージャーだって……」 「あー、それは騙しました。隠れ蓑になってちょうどいいからそう言うようにしていて。幸いみんな最上梨子は女性だと思ってるから、まさか僕が最上本人だとは予想もしてない」 それはそうでしょう。 私だって、悪いけどこんなキリッとした男性が最上梨子だとは、まったく想像だにしなかった。「ショックだった? ごめんね」 呆然として放心状態の私をよそに、宮田さんが可笑しそうにクツクツと笑いを漏らす。 からかわれているだけ……ではないようだ。「これが守ってもらいたい秘密。僕イコール最上梨子だと誰にも言わないこと」 目の前で起こっていることが、とても現実だとは思えない。 夢でも見ているんじゃないだろうか。仕事だということも、一瞬忘れてしまいそうだ。「秘密は
最上梨子の“秘密を守る”という条件付だったけれど、仕事のオファーは無事に請けてもらえることになった。 会社に戻って部長に報告するとよろこんでくれて、すぐに稟議書を書き上げて、会社に提出するまで事を進める。「きっと稟議は通るよ」 部長が言ってくれた通り、しばらく日が経ってから新作ドレスの稟議が降りたと上から知らせが来た。 もちろん、これからまだまだ道のりは長いのだけれど。「朝日奈、やったな! 会社のOKも出たし。いいドレスができるのを期待してるよ」 「はい!」 私も満面の笑みだったけれど、部長も興奮していていつもより声が上ずっている。そしてなにより明るい。「だけどまずはデザインだな。最上梨子がどんなデザイン案を提示してくるのかわからんが、実際にそれがなきゃ話にならん」 「ですね」 最上梨子のドレスが、うちの衣装部のマネキンに飾られる日がくるんだと思うだけで頬が緩んだ。 最悪、私の企画が最終的に通らなかったとしても、新作のドレスは衣装部に入荷することになる。 もしそうなったとしても、私が携わったドレスなのだからそれだけでも個人的にはすごくうれしい。「実際に衣装が出来上がったら、モデルを使って新しいパンフレットを作ろう。撮影の予算は俺が会社に掛け合ってやるから」 「ありがとうございます」 「とにかくお前は最上さんのとこに行って打ち合わせしてこい」 「はい」 「女性なんだから甘いものとか好きそうだよな。どこかでスイーツの手土産でも買って、彼女の機嫌を取っておけよ?」 「……そう、ですね」 最後の最後に、顔が引きつってしまった。 この企画に意気込みすぎて、今は忘れてた。……最上梨子の秘密のことを。 誰にも言わないと約束したのだから、もちろんそれは直属の上司である袴田部長にも絶対に言えない。 最上梨子が実は男だったからと言って、会社に損失を与えるわけでもないし。 別に黙っていても、どうってことはない。 だけど今の引きつった顔……部長にバレていないだろうか。◇◇◇「お電話でもお話しましたが、今日は依頼したデザインの件で伺いました」 最上梨子デザイン事務所に赴くと、マネージャーの顔をした宮田さんが現れ、今度はすぐさま例のアトリエ部屋へと通された。「最上先生がデザインするドレスがどんなものになるのか、今から楽し
「では、最上さん、とお呼びすればいいでしょうか」 「昴樹さん、で」 ん? 本名のほうがいいということ?「では、今後は普通に宮田さんとお呼びしますね」 「ああ……まぁいいか」 なぜ不服そうなのだろう。 仕事をする相手なのだから、名字にさん付けというのは普通だ。 いちいちこういう反応をされると、なんだかやりにくい。「あ、それと。僕、最初と印象が違うと思うけど、本当はこういう人懐っこい性格なんでよろしくね」 「……はい」 最初と印象が違うのは、もうとっくに気づいている。 おそらく、あれは演じていたのだ。 大人でクールで卒のない、最上梨子のマネージャーという役柄を。 そして現在目の前にいる彼が、きっと本当の性格の宮田さんなのだろう。 それよりも、人懐っこいくせにどうしてメディア嫌いなのか、意味不明だ。 この人のことが全然理解できない。「すみません、お口に合うかどうかわかりませんが、これ……」 気を取り直して、持って来ていた手土産の袋をさりげなく宮田さんに手渡した。「これはなに?」 「マドレーヌです。上司に持って行けと言われましたので。あ! 大丈夫です。秘密のことはもちろん上司にも言ってませんから」 手土産を考えた結果、男性でも好みそうな無難なマドレーヌにしておいた。「あはは。秘密は守ってくれてるって信じてるよ。それに、上司の指示だって僕に言っちゃうあたりが朝日奈さんは正直だよね」 そう指摘されて、カッと顔が一瞬で熱くなる。 本当だ。今のはそこまで言う必要はない。ひとこと多かったと自分でも思う。「す、すみません」 「朝日奈さんは真面目なんだね。見てるとなんだか妹を思い出すよ」 「妹さんですか?」 「ああ。しばらく会っていないけど。妹は朝日奈さんよりもっと真面目で現実的なタイプでね。型破りな僕とは正反対」 話しぶりからすると、妹さんは芸術肌とは程遠いタイプのようだ。 兄妹で、全然違う性格なのだろうか。「じゃ、このマドレーヌで一緒にお茶しようか。朝日奈さん、悪いけどコーヒーを淹れてくれる? そこにコーヒーメーカーがあるでしょ?」 「え?! あの、仕事の話を先に……」 「えぇ~、マドレーヌが先だよ~。仕事の話は、それを食べてから聞くから」 「せめて、食べながら、でお願いします」 立ち上がり、軽く
「朝日奈さんも食べなよ。これ、美味しいよ」 「それはよかったです。で、デザインの件ですが……」 マドレーヌの話をバッサリとぶった切り、仕事の話へと無理やりシフトした。「僕、最初に言ったと思うけど、ブライダルドレスはデザインしたことがないんだよ」 「はい」 「正直、まったくイメージがわかない」 「えぇ?!」 まったく? 少しも? 全然? そんなことを今更言われても困る。まさか、できない、というのだろうか。 それなら何故引き受けたのかと言い返したくなる。「いい加減な仕事はしたくないんだよね。だからさ、イメージが湧くように朝日奈さんが努力してくれなきゃ」 「わ、私が?」 「だってそうでしょ。だいたいね、朝日奈さんの頭の中に描いてるイメージ、持ってきた書類だけで僕に全部伝わってると思う?」 「それは……」 「頭の中のイメージだよ? それを形にして表現するのが僕の仕事かもしれないけど、他人の頭の中のイメージを100%理解するのは無理」 私は今回の企画のためのいろんな資料を、次々に慌ててバッグから取り出した。 言われていることはわかる。 だとしたら、1%でも多くわかってもらえるまで伝えていくしかない。「その書類は、この前見たよ」 目の前に書類を出した途端、先にそう言われて突っぱねられた。「でも、もう一度……。不明な点があれば何でも聞いてくだされば」 「そうじゃなくて」 視線を上げて宮田さんを見ると、にっこりと笑ってコーヒーカップに口をつけていた。「僕はね、一緒に作りたいんだ。朝日奈さんと」 「……え?」 「朝日奈さんの頭の中のものを僕が形にしてアウトプットする。ということは、僕の頭の中にも、100%とはいかなくても似通ったイメージがないと、アウトプットできないわけでしょ」 「はい」 「だから、もっと僕たちはわかり合う必要があるってことだよね」 じゃあ……私は一体どうしたらいいのか。 漆黒の髪と漆黒の瞳。 キリッとした容姿のくせに、子どもっぽい口調と人懐っこい笑顔。 仕事を引き受けておきながら、イメージがまったくわかないと堂々と言う目の前の男性に、心の中は違和感と不安でいっぱいだ。 どう言葉を続けたらいいのかわからなくて、まごまごとする私を見て宮田さんが小さくクスリと笑うのが聞こえた。「とにかく、明
兄妹の会話が面白くて、思わず少し声に出して笑ってしまった。 だって操さんは冗談のつもりは一切無く、至極真面目にそう言ってる。 今度の日曜にふたりで一緒にパーティに赴く事情を知らない彼女は、彼が理由もなく私に強引にドレスを着せて遊んでいるのだと誤解したらしい。 そうじゃなきゃ、仕事上の関係でしかない私がドレスに着替える必要がないと考えるのは当然だ。 ――― それにしても、ド変態はウケる。「違うんですよ。今度パーティに出席する際に宮田さんにドレスをお借りすることになって、さっき隣で試着してたもので。でもこんな格好でここにいたら驚きましたよね」 今更ながら自分がドレス姿なのが猛烈に恥ずかしくなってきて、赤面しながら操さんに説明すると、事情をわかってくれたようだった。「で? 操はなんの用?」 「なんの用?じゃないわよ。これよ、これ!」 操さんは思い出したようにムッとし、持っていた紙片をピラピラとさせながら、こちらへツカツカと歩み寄ってきた。 私は今がチャンスだと思い、ふたりが話している間に隣の部屋に戻ってスーツに着替えようと、そっとその場を離れる。「入金金額、間違ってるよ! ほら!」 「あれ? そうだったか?」 部屋をそっと出て行くときにふたりのそんな会話が聞こえたから、なにか仕事がらみの話なのかもしれない。 言葉の発し方に真剣さをうかがわせる操さんの様子から、なんとなくそう感じた。 隣の部屋でドレスを脱いで、着て来たスーツに着替え終わると再びアトリエ部屋に戻った。 てっきりまだ操さんがいるものだと思っていたのに、その姿は既になく……。「あれ? 操さん、帰られたんですか?」 「うん。僕が振り込んだ金額が違うとかなんとか喚いて、帰って行ったよ」 ……操さんの用事は短時間で済んだみたいだ。 操さんがまだいるのなら、私は自分の用事も済んだし、挨拶だけして帰ろうと思っていたのに。「操が働いてる会社、海外の輸入雑貨を扱ってるんだ。この前久しぶりに会ったらいろいろ仕入れさせられちゃってさ。で、その代金を振り込んだんだけど金額が間違ってるって、あの剣幕だよ。細かいこと言いすぎだよね」 「いや……全然細かくないですよ。振込み金額が間違っていれば指摘されるのは当たり前です」 至極当然だと私が素で言えば、冗談だよとケラケラと宮田さん
「突然来るなよ」 「だって、携帯に何度電話しても繋がらなかったの」 「あぁ…電話に出られなかったのは悪かったけど、部屋に入るときくらいはノックくらいしろよ」 「それは……ごめんなさい。まさか、客人がいるとは思わなかったから」 そう言って彼女が私のほうに視線を向け、バツ悪そうにごめんなさいと軽く会釈をした。 反射的に私もペコリと頭を下げる。「もしかして……お兄ちゃんの…彼女?」 「お、お兄ちゃん?!!」 彼女から突然飛び出したキーワードに、私は驚いて思わず大きく反応してしまった。 隣に立つ宮田さんが、その声の大きさにクスリと笑う。「妹だよ。誰だと思ったの?」 妹がいることは、以前聞いたような気がする。 自分とはまるっきり違う、真面目な性格なのだとか。 どうやらこの女性が彼の妹らしい。よく見ると、キリっとした目元が宮田さんにそっくりだ。「えっと……妹の操です。兄はちょっと……いや、かなり変わり者なんですけど、純粋なだけで悪気は全然無いので、いろいろとビックリさせたり迷惑をかけたりするかもしれませんが、嫌いにならないでやってください」 完全になにかを誤解した操さんが、もじもじとしながら申し訳なさそうに、私に一気にそう告げて頭を下げる。 しかも、真剣に、一生懸命に。 その姿を見て、兄想いの優しい人だと微笑ましく思った。「……操、なにをお願いしてるんだ?」 「変人過ぎるのが原因で、彼女に愛想をつかされないようにお願いしてるんじゃないの」 「この人は僕の恋人じゃなくて仕事関係の人だよ」 「え?!」 やはり私のことを恋人だと誤解していたようで、キリっとした彼女の瞳が再び大きく見開かれた。「初めまして。リーベ・ブライダルの朝日奈と申します。今回ブライダルドレスのデザインでお世話になっております」 「そう……だったんですか……。うちの兄が、本当に申し訳ありません! 仕事関係の方にそんなドレスまで着させてよろこぶなんて、ド変態極まりないですよね」 「ちょっと待て。誰がド変態だよ!」
「僕と朝日奈さんの感覚が同じで、良かったよ」 目の前の彼は、あっけらかんとそう言って笑うけれど。 また振り出しに戻ったのかと思うと、私は苦笑いしか返せなかった。「そんな顔しないでよ。 なんとなく頭でイメージが沸いたからといって、実際にデザイン画に描きおこしてみたらどうも違う……なんてことはよくあるんだから」 「そうですよね」 私だって、ピンと頭に思いついた企画や立案をいざ書面にしてみると何かがうまくいかなかったり。 自分ではそのときは良い案だと思ったのに、少し時間が経って冷静になるとそうでもなかったり。 私の仕事ですらそういうことがあるのだから、宮田さんの言っていることは、デザインに素人である私でもわかる。「やっぱりさ、今着てるそのドレスを初めて見たときみたいに、朝日奈さんをパーっと素敵な笑顔にするデザインを描かなきゃね」 そう言われて思い出した。 私が今、オフィスで仕事をする格好ではないことを。「着替えてきます」 「えー、もう着替えちゃうの?」 咄嗟にまた手首を掴まれたけれど、それを振り切ろうと思った時だった ―――「ちょっと! これどういうことなの?!」 入り口のドアがノックもなしにいきなりバーンと開け放たれ、そのセリフと共にメモ紙のようなものを持った女性が部屋の中に入ってきた。 彼女はその紙片を見つめていたため、一瞬私に気づくのが遅れたようだ。 顔を上げて正面を向くと、視界に私を捉えて驚いて歩みを止めた。 濃いグレーのビジネススーツをきちんと着こなしていて、ナチュラルメイクで髪は航空会社のCAのように上品にさりげなくすっきりと後ろでまとめている。 目元がキリっとしていてキャリアウーマンという印象だ。 その女性が、鳩が豆鉄砲をくらったように、目と口をあんぐりと開けて驚きを隠せないでいる。 「……操(みさお)」 宮田さんがボソリとそう呟いて、あきれたように溜め息を吐いた。 一体、この女性は誰なのだろうか。 こんな風に部屋に入ってくるのだからただの事務スタッフではない。 宮田さんは、自分を最上梨子だと知っている人しか、この部屋には基本的に入れないはずだから。 なのでここに出入りできる人間は、本当に限られていると思う。 そして彼女は、宮田さんに対してタメ口なのだ。 ということは、相当親
水族館の水槽の水泡が綺麗だ、って言ってたくらいで、全然進んでる様子じゃなかったのに。 描いてくれたのだと思うとものすごくうれしくて。 どんなドレスなのだろうとワクワクして。 そのデザイン画を、自分が誰よりも早く見られることによろこびを感じた。「こっち来て?」 宮田さんがいつもの黒いソファーとガラステーブルではなく、奥にある仕事用のデスクのほうへ手招きする。 デスクの周りにいろんなものが乱雑に置かれているそこの椅子へ、ドカっと腰をおろした彼の隣に私は所在なさげにそっと立った。 そして彼はデスクの左側の一番下の引き出しから一枚の紙を取り出して、私にサッと手渡す。「これなんだけど」 見せられたその紙には、最上梨子らしい綺麗なドレスのデザイン画があった。 パステルで軽く色づけまでされている。「これって、例の水泡のイメージですか?」 「うん、そう」 青ではなく、綺麗な水色をベースに水泡のイメージを白のレースで形作られているデザインだ。「どうかな?」 「素敵です。綺麗なドレスになりそう」 腰から下のスカート部分が流れるように滑らかなラインで、特に綺麗。 正直にそう思ったから答えたのだけど、産みの親である宮田さんはなぜか苦笑いだ。「朝日奈さん、これに点数つけるなら何点?」 突如そんな質問が飛んできたから答えに困ってそこで会話が途切れた。 いきなり点数をつけろと言われても……。 ……90点くらい? それじゃあ、あと10点何が足りない? と聞かれそうだ。「うん、わかった」 「え? なにがわかったんですか?」 私がそう尋ねても、彼は言葉を発せずいつも通りニコリと笑うだけだ。 机の上にあったペン立てから適当にペンを手に取り、あろうことかそのデザイン画の上から、乱暴に塗りつぶすようにしてグリグリとペンを走らせた。「あーーーー!! 何してるんですか!」 それを見て、私がそう叫んだのは言うまでもない。「これ、気に入らなかったでしょ?」 私が点数を訊かれて、躊躇ったから? 間髪入れず、100点!って言っておけばよかったのかな。 あぁ、せっかく出来た素敵なデザインだったのに……もうボツなのかな。「いえ、このデザイン素敵ですよ」 「ウソ。気をつかわなくていいよ。僕はこれは60点」 「へ?」 「たとえ
「えっと……あとは髪とメイクかな」 つかつかと歩み寄ってきて、なにをするのかと思えば長い腕を私の後頭部に回し、私が後ろで一纏めにしていた髪留めをスルリとはずしてしまった。 私の長い髪が突然自由になって、頬に自分の髪が当たる。「……髪、当日は緩く巻こう」 そう言って全体を見ながらも、下から少し持ち上げるように髪を触られると、変に意識してしまってドキドキする。「仕事でよくお世話になってる美容師さんに予約を入れとくから。当日その人の美容室で綺麗にしてもらおっか」 もちろん僕もついていくよ、なんてニッコリ笑顔で言われたら、こちらももううなずくしかできない。 やっぱりこの人は、この道のプロで。 仕事の関係上、美容師さんやショップのあちこちに知り合いや友達がいて。 ちゃんと、デザイナーなのだと痛感させられた。 しかも私が大好きな、最上梨子だ ―――「あの…いろいろありがとうございます。では私、着替えてきますね」 試着を終え、再び元着ていたスーツに着替えようと宮田さんに背を向けたとき、そっと手首を掴まれた。「ちょっと待って」 まだ、何かあるのだろうか? ドレスに装飾品、バッグ、靴、ヘアスタイル……あと何が残ってる? 考え込む私をよそに、次の瞬間、彼の口から驚く言葉が言い放たれた。「せっかくだから、もうちょっとその格好でいたら?」 「……は?」 なにを言ってるんだろう?と、自然と私の眉根が寄る。「いや、あの……仕事の話をこれからしようと思ってましたので着替えます」 咄嗟にそうは言ったが、例え仕事の話がなかったとしても、私がこのドレス姿でしばらくすごす意味がわからない。 普通は着替えるに決まっているのに。 やっぱり、この人の考えていることはわからない。 もし頭の中を開けて見ることができるのなら、その思考回路が正常かどうか確認したい。「仕事の話は、その格好でも出来るでしょ」 「え?!」 「じゃ、行こう!」 「わっ!」 反論する暇もなく宮田さんが私の手を引いて入り口のドアを開け、隣のアトリエ部屋へと強引に移動する。 今回は近い距離だったけれど、再び引きずられて歩く形になった。 だから……そうやって勝手に手を引っ張っていくのはやめていただきたい。「私、さっきの部屋にバッグを置いてきちゃいましたよ!」
「どういう意味ですか?」 「だって……このドレスもネックレスも、朝日奈さんしか着ないし付けない。ほかの人間は誰であっても、これを身につけるのは僕が許さないから」 もう恒例のごとく、やっぱり会話はかみ合わない。 なんと言葉を返していいものかと、一瞬間があいた。「だから預かっといてあげる。ここに置いといて、朝日奈さんの気が向いたときに着ればいいから」 そう言われても、私みたいな一般人がドレスを着る機会なんて滅多にない。 そんな考えが頭に浮かんだものの実際に言葉にするのはやめておいた。 さすがにそこまで言うと、かわいげがない気がして。「バッグはこれかな。あ、それは僕のデザインじゃないけど」 宮田さんが今度はバッグをおもむろに選んで、ポンと私に手渡す。 ラインストーンのついた、アイボリーのクラッチバッグだ。「足は何センチ?」 「二十三センチ……です」 「あー、さすがに靴はサイズが合わないな」 しゃがんで靴の置いてある棚を物色しながら、残念そうに宮田さんがつぶやいた。 棚の靴はディスプレイ用なのか、全部新品みたいだ。 なんでもいいのなら、二十三センチの靴はありそうだけれど。 このドレスに合うもので、と彼が見当をつけた靴は、どうやらサイズが違っていたようだ。「靴は用意しておくよ」 用意しておくって……「どこかで購入するんですか?」 「うん」 「それなら私が買いに行きますから」 「それはダメだよ。僕が選ぶ」 そう即答された上、絶対にそれは譲らないという決意のようなものが伝わってきた。 たしかに、宮田さん……いや、最上梨子に選んでもらったほうがドレスにピッタリの靴を探し出してくれると思う。「じゃあ、後で代金を請求してください」 「朝日奈さんに? それもダメ。心配しなくても友達の店に頼むから、普通より割り引いてもらえるし」 いくら友達のお店で買うと言っても、代金は少なからず発生するのだ。 さすがにそこまでしてもらうのは、申し訳がなさすぎる。 ドレスやネックレスやバッグを貸してもらうだけで十分感謝しているのに、さらに私のために靴を買うだなんてとんでもない。「ダメですよ。それはさすがに悪いですから!」 手をブンブンと横に振りながら、慌ててそれを止めようとした。「好きな女の子に靴をプレゼントするだけ。な
急にくるりと身体を反転させられたと思えば、後ろから宮田さんの長い腕が伸びてきた。 煌びやかなネックレスが、鎖骨あたりにひんやりと当たる。 チェーンの部分にまでところどころダイヤがあしらわれていて、螺旋のデザインにしてあるため、すごく全体的に重厚感がある。 中央の胸元部分はさらに豪華に二連にしてあり、まるでお姫様がつけるネックレスみたいだ。 金具を首の後ろで留めてくれた宮田さんが、再び私の身体を反転させて正面から見つめた。「朝日奈さんの肌に、よく合ってるね」 私に合ってるかどうかは自分ではわからないけれど。 傍にあった鏡を見ると、ドレスとネックレスが見事にマッチしていた。 ドレスだけだと胸元が寂しい感じだったが、このネックレスをつけると相乗効果でどちらも輝きが増した気がするから不思議だ。 やっぱりこのセンス ――― 最上梨子は天才だな、なんて思うと、自然と頬が綻んで笑顔になった。「気に入ったなら、そのネックレス、あげるよ」 「え?! こんな高いものは貰えません」 なにを仰ってるんですか。 プラチナとダイヤで出来ているネックレスを、そんなに簡単にもらえないです。 しかもダイヤ、いくつ付いてると思ってるんですか!「それ、ダイヤが全部小粒だから、そんなに高くないよ」 「いや、でもダメです。絶対もらえません!」 私がそう言うと、宮田さんは残念そうに肩を落とした。「もしかして気に入らなかった? だとしたら、それも僕がデザインしたからちょっとショックだな」 「えぇ?! これもですか?」 着けているネックレスにそっと触れ、驚きながら鏡に映るそれを凝視する。「そう。遊びで作ったものだけど」 「遊び?」 「うん。昔、ジュエリーのデザインもしてみないかって話があったとき、試しに作ってみたんだ」 あらためて……この人はすごいんだと認識した。 今まで、わけのわからないことを言われたからといって、足蹴にしたりしてごめんなさいと心の中で懺悔する。 彼は今、『遊びで作った』って言った。だから全然本気を出していないってことだ。「オファーされたものとはイメージが違ったんだけど、僕はこのデザインが気に入ってね。実物を1つでいいから作っときたかったんだ」 たしかにこれは、デザイン画のまま埋もれさせてしまうのは、もったいない気
綺麗なドレスを私なんかが試着してしまうことへの罪悪感と、気恥ずかしさ…… だけど一方で、滅多に着ないドレスを試着できることへのうれしさ。 いろんな感情がめまぐるしくグルグルと胸の中で渦を巻く。 というか、サイズ、小さくて入らなかったらどうしよう。公開処刑だ。 そう思いながら、渡されたドレスを近くの鏡に向かって胸の前に当ててみた。 やっぱり綺麗だ。見ているだけで、自然と笑顔になってしまうくらい素敵。 あの人がこのドレスのデザインをしたのだと思うと、すごく不思議な感じがする反面、尊敬してしまう。 そして私の心配をよそに、宮田さんの計測がバッチリだったのか、そのドレスはなんとか私の体型でも入った。「あのぅ……どうでしょう?」 おそるおそる、ドレスを身に纏った状態で元居た場所へ戻ってみるけれど。 宮田さんの反応が怖い。まるで合否判定を受けるような気分だ。 『思った感じと違うね、ダメだ。似合わない。』 そう言われる覚悟も決めておかないとショックを受けそうだと思い、緊張しながらも身構えた。「やっぱり。……似合うと思った」 遠目に私を見つけた彼が、腕組みをしながらしばし固まった後、満面の笑みを見せる。「あのぅ、裾……短くないですか? 自分の脚がすっごく気になります」 そのドレスは上半身がノースリーブ、スカートはAラインの形になっている。 胸の下の切り替えと肩の部分の生地が同じで、薔薇をモチーフにした装飾が付いている。 色は上品な赤だ。だけど強調しすぎないように、上から黒の薄いオーガンジーのようなシースルー生地で覆われている。 黒いベールを被って透けて見える赤が、なんとも言えず綺麗だ。 だけど、私にはスカート丈が短すぎるような気がする。 普段私があまり短いスカートを履かないから、慣れないだけかもしれないけれど。「大丈夫だよ。全然短くないって。それに綺麗な脚をしてるんだから出そうよ!」 いやいや、出そうって簡単に言われても。 こんな大根脚、出しちゃっていいんだろうか。 気にしながらもぞもぞと動く私を見て、宮田さんがやさしい笑みを浮かべる。 遠目から見ていた宮田さんが私に近づいてきて、おもむろに私の胸元になにかを当てた。「うん、これだな」 そう言って差し出されたのは、ダイヤがたくさん散りばめられた
「スリーサイズは?」 「…は?」 一瞬ポカンとした私をよそに、目の前の男がニヤリと微笑む。 そう、いつものニコニコ笑顔じゃなくて、確信めいた“ニヤリ”とした顔だ。 今絶対、私が嫌がることをわざと聞いているに違いない。「言いたくない?」 「自慢できるようなサイズじゃありませんので」 本来なら、自分の着るドレスを探してくれているのだから身体のサイズを尋ねられたら答えるのは当然だけれど。 ナイスバディではないし、恥ずかしくてそんなの言えるわけがない。 そんなふうに考えていたらちょっとかわいげのない言い方になってしまった。「じっとしててよ?」 すると宮田さんは真面目な顔をして、私の正面から両肩をガッシリと掴んだ。 なにをされるのだろうと身構えていると、彼の視線が私の肩から胸元へ自然と下りていく。 どこを見てるんですか!と、抗議の声をあげようとしたとき、両肩を掴んでいた彼の手が私の両腕をするりと通過して、今度はウエストを瞬時に捕らえた。「ひゃっ!…」 その行動に驚いて、思わず悲鳴めいた声をあげる。 なにをするのかと咄嗟に顔を上げると、彼は綺麗な顔で微笑んでいた。 最近、この人はやっぱりイケメンの類なのだと、あらためて気づき始めてしまった。 今の笑顔だって、すごくやさしさを帯びている。 ウエストに触れられている大きな手は、ゴツゴツと骨ばっているし、否応なしに男らしさを感じてしまって……。 そんなことを意識してるがゆえに、胸が高鳴って仕方ない。 この心臓の音が彼に聞こえないように祈ろう。 「ごめんね。勝手にサイズ測っちゃった」 私の意識が集中していたウエストに置かれた手は、その言葉と同時に自然と離れていく。 恥ずかしくて、何気なくそっと視線を逸らせて俯いた。 たぶん今、確実に顔が赤いと思う。 というか、肩や腰を触っただけでこの人はサイズがわかってしまうのだからすごい。「スタイル、いいんだね」 「……」 いつも超絶スタイルのモデルさんを見たりしているくせに。 そういうのを世の中では“お世辞”と言うのだと教えてあげたい。「ちょうどいいのがあるよ。朝日奈さんにピッタリだと思うんだけど」 そう言って宮田さんはどこからかドレスを一着持って来て、私の目の前に差し出した。「うわぁ、素敵ですねー!」